タケダワイナリー
山形県
山形県の上山(かみのやま)の地で代々ワイン作りを継承、革新し続ける老舗ワイナリー
2023年1月上旬、通勤・通学の人で賑わいを見せていた山形駅から在来線に揺られること10分。蔵王山脈麓の茂吉記念館前という人気が全くない駅に降り立ちしました。完全なる無人駅。「斎藤茂吉、国語の教科書に出てきた人だ」と思いながら、雪道を歩くこと15分。Google mapを片手に、老舗ワイナリーらしい看板に辿り着き、ホッとしました。予定よりも30分ほど早く到着して、趣のある石造りの建物から出てこられた女性に応接室まで案内いただき、待つことを数分、迎えてくださったのは専務の岸平和寛さんです。
〇代々つづくブドウ栽培とワインづくり、地元の名士
早速、応接室で岸平専務からお話をお伺いしました。タケダワイナリーは山形県上山の土地で1920年(大正9年)からワインづくりを始めており、現社長が5代目にあたります。対応してくださった、とても物腰の柔らかい岸平専務は、業界では初となる現社長兼で醸造栽培責任者である岸平典子さんの旦那様に当たります。カベルネソーヴィニヨン、メルロ、シャルドネといった欧州系品種の15haもある畑を案内していただきながら、ふと気になって失礼なことを承知の上で思い切って、「なぜ、タケダではなく、岸平という名字なのでしょうか」と専務に訪ねてみました。専務曰く、「サザエさんでいうと私はマスオさんなのです」と答えていただきました。話を聞いてみると、先代の娘である武田典子さんがタケダワイナリー醸造責任者をされている時に、地元の市役所に勤めていた岸平さんもとに嫁ぎ岸平典子さんに。その後、当時の社長だったお兄様の急逝もあり、典子さんが社長、醸造責任者になられています。典子さんが社長になれた後は、岸平専務も市役所の職を辞め、ワイナリー経営のサポートを開始。「ああ、そういうことなのか」と納得。専務曰く、「タケダワイナリーでは開園以来、自社畑、山形県産のブドウしか使用せずに、山形のこの地で長くワイン作りをしてきた。その象徴が、見学中にちらっと見かけた一升瓶にある」。かつてから、ブドウ農家さんを含む地元の方々には、一升瓶から湯のみでワインを酌んで飲むという文化があるそうです。また、倉庫の横に積まれたコンテナは、県内の各農家からブドウを集荷するときに使われています。各農家さんから集まるコンテナの色が異なり、その積みあがった姿がとてもカラフルで、地元農家とタケダワイナリーが時と共に創り上げたアート作品のようでした。その辺りにも、老舗、そして、地元の名士の姿が象徴されています。
〇継承と革新を続けるということは
タケダワイナリーでは、30年以上も前に、先代が農業工学者の福岡正信氏の影響を受け、自社畑で、減農薬・無化学肥料・無耕作でのブドウ栽培を始めました。それ以来、自然農法でのブドウ栽培に取り組まれています。さらに、現社長になられてからは、亜硫酸塩を使用しないサン・スフルというラインナップを醸造、販売しています。こちらは、山形県産のデラウエアを使っていますが、選果のタイミングで8割程度までブドウをふるいにかけ、厳選されたブドウのみを使用。農家さんから集めたブドウの選果を始めた現社長と先代の間に強い衝突もあったそうですが、現社長が選果のあり、なしでワインをつくり飲み比べることで先代を納得させ、選果するワインづくりを確立。さらに、近年では、日本固有品種のマスカット・ベーリAの勉強会を日本全国のワイナリーと共に立ち上げたり、ワインのつくり方だけでなく飲み方の提案としてコップでカジュアルにワインを飲んでもいいではないかというコンセプトを「コップの会」で提案されたりしています。まだまだ、手を緩めくことなく、ワインづくりの進化、日本ワインの普及に向けて努力を続けていく姿勢をひしひしと感じます。
〇樹齢が約80年に及ぶマスカット・ベーリAの古木
ちょうど訪問の前日に、山形市内の飲食店で食事をしていた際、1杯目にいただいたのが、タケダワイナリーのサン・スフルの白。亜硫酸塩無添加のデラウエアを使った微発泡のスパークリング。デラウエアというブドウ品種をそのまま食べたときの甘いイメージをガラッとひっくり返してくれる、とてもクリーンで辛口でキレイな一本。たまたま一緒に食事をしていた親戚3人とも、満場一致で、思わず「美味い!」と声と揃えてしまいました。帰り際にマスカット・ベーリAというブドウ品種を使ったドメーヌ・タケダシリーズをお土産としていただきましたが、なんと樹齢が約80年に及ぶ古木から取れたマスカット・ベーリAを使ったワイン。マスカット・ベーリAという品種が開発されたのが1927年なので約95年前。誕生とほぼ同時期にこの地に植えられたマスカット・ベーリA。ありがたくあり、もったいなくもあり、訪問が一か月たった今も未だ開けることが出来ずにいます。少し良いことがあった日にでも抜栓してみようと思っています。
文/写真:加藤佳祐