甲斐ワイナリー
山梨県
ゆるりと脱力系、なだけじゃない
その昔、養蚕業で栄えた大きなお屋敷が連なる山梨県甲州市の塩山エリアの中で、ひと際立派で大きなお屋敷がある。そこが甲斐ワイナリーです。築150年の母屋の広い土間部分がショップ、天保5年(江戸時代!)から酒蔵として使われていた場所が醸造所、築200年の土蔵がカフェになっています。甲斐ワイナリーは、風間家という代々続く地元の名家の家族経営。養蚕業や銀行業、清酒づくりの事業を経て、1986年から甲斐ワイナリーとしてワインづくりを家業とされています。現在の醸造責任者は、甲斐ワイナリーとしては3代目の風間聡一郎さん。
ゆるキャラの名家ご子息
由緒正しい伝統ある家に生まれたり、代々家業を営んでいる家に生まれたりすると、ある程度「こうすべき」というレールが敷かれ、重いプレッシャーがかかるものだと思います。しかし聡一郎さんは、「名家のご子息」から想像する堅苦しさを感じさせない、良い意味で「ゆるさ」を感じるお人柄。例えば、聡一郎さんが新宿伊勢丹のワインイベントに出展されると聞いて「行きますね!」とご連絡すると「ダラダラしてますから不在だったら館内放送で呼び出してください~」なんて返事が来たり(勿論きちんとお仕事されていましたが)、こちらの力がふっと抜けるような”ゆるキャラ”なんです。
甲斐ワイナリーのワインも、同様に良い意味の「ゆるさ」を感じます。フラッグシップワインのブドウ品種は甲州とメルロー。甲州の白ワインは甘みや旨味がほんのりと、メルローの赤ワインはまろやかで雑味の無く、どのワインも、肩の力が抜けて、ゆるゆると際限なく飲んでしまえる美味しさです。
ゆるやかなワインの裏にある、つくり手のストイックさ
しかし、この「ゆるさ」の裏には、気の遠くなるような細かい畑作業を惜しまず、ブドウ栽培に取り組む聡一郎さん(とスタッフの方)の努力がありました。先述した新宿でのイベントから帰った次の日だと言うのに、朝から畑を案内くださった聡一郎さん。7月末で少しずつ色づき始めたメルローの自社畑から見せて頂きました。話を伺うと、小粒の実をハサミで切り落とし(摘粒)、日照を考えながら形を整える作業を、ひと房ずつやっているのだそう。「この畑の房、全部ですか?!」と聞くと、「はい、全部。しかも畑はここだけじゃないです。(こんなに細かく手間をかけて)おやじにもスタッフにも(僕は)病気だって言われますよ」。話し方こそ「ゆるキャラ」ですが、その裏に、ワインづくりに対する強いこだわりと忍耐強さが垣間見えました。メルローという品種は、収穫を完熟まで待つと、ブドウが病気になりやすく収量が落ちてしまうそうですが、甲斐ワイナリーの畑では、量より質を取り、完熟になるメルローを忍耐強く待つそうです。
伝統と革新
代々引き継いできた伝統を守りつつ、新たな事にも挑戦されています。今回見せて頂いた畑の中に、まだ植えたばかりのブドウの樹が並ぶエリアがありました。「ここは新たに土地を借りて、新しい品種を試してみてるんです」と聡一郎さん。複数あるトライ中の品種、今は非公開だそうです。
私は個人的に、甲斐ワイナリーの「かざまロゼ」という、これまたゆるやかなロゼワインが好きなのですが、このワインはメルローの他にバルベーラというイタリア品種が使われています。バルベーラも聡一郎さんが植えたもの。今は2、3年に1度、納得のいくバルベーラが出来た年だけバルベーラ品種だけの商品をリリースしているそうです。聡一郎さんこだわりのバルベーラ、是非飲んでみたいものです。
人柄やワインから感じられる「ゆるさ」は、しっかりと地に根を張ってきた風間家の伝統や、現状に甘んじずワインづくりを追求するストイックさの上にありました。「日本人のために(ワインを)作ってますよ」と話す聡一郎さん。さぁ、私たちのために丁寧に作られた甲斐ワイナリーのワインで、ゆるりと脱力しましょう。
文/写真:加藤曜子